ひな人形の歴史、意味や由来が深い!!飾り段ごとに解説します

女の子がいる家庭では必ずお祝いする「ひな祭り」

桃の花を飾って、きれいなちらし寿司や、若草色やピンク色の菱餅をいただく。

家の中がパーッと明るくなる華やかな、あの感じは本当にいいものですね。

ところでお祝いのためにしつらえる「ひな人形飾り」

どんな歴史やそれぞれの飾りにどんな意味があるかご存知ですか?

筆者もなんとなく、わかっているつもりでしたが今回我が家の娘の七段飾りについて調べてみましたら、ちょっと感動しました。

詳しくご紹介します!

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ひな人形飾り、歴史と由来

平安時代には「上巳の節句」の際に、草やわらで作った人形(ひとがた)で体をなで、災い(わざわい)やけがれを移した人形を川に流すことで厄払いになるとされていた行事(現在はそれが「流し雛」という風習で各地に残ってます)がありました。

さらに当時の貴族階級の女の子がおままごと遊びである「ひいな遊び」で使っていた紙の人形が合わさって生まれたものが現在の「ひな人形」の原型です。

その後、室町時代には上巳の節句が3月3日に定着しました。

紙で出来た「ひな人形」は「おひな様」へと変化していき宮中で盛大に祝うようになっていきました。

また、江戸時代になると人形作りの技術が発達したので、「おひな様」は精密で豪華になっていき、江戸時代中期には、今のおひな様のような段飾りが飾られるようになりました。

飾り段ごとのそれぞれの歴史と意味

ひな人形の大きな特徴は、段ごとに飾られているというその形。

15人もの人形にミニチュアの道具を持たせたり携えさせて飾るというのは、特に外の人から見るとかなり珍しく関心が高いそうです。

今回は筆者の家にある7段飾りについて調べてみたら、それぞれに歴史と意味がありました。

お雛様七段飾りの意味

ではまずは、一段づつみていきましょう。

【1段目】内裏(だいり)びな

七段飾りの最上段は、内裏(だいり)びなです。

天皇・皇后をかたどった男女一対のひな人形。

「おだいりさ~まとおひなさま♪」と歌われますね。

 
男性の人形のみを指して「内裏」「お内裏様」と呼ぶのは誤り
(出典:goo辞典)
 
だそうで正しくは男女一対で”内裏(だいり)びな”だそうですが、一般的には歌のとおりよばれますね。

それぞれ男雛(おびな)、女雛(めびな)ともいいます。

男雛(おびな)は冠(かんむり)を被(かぶ)り、笏(しゃく)を手に持ち、太刀(たち)を腰にさしています。

女雛(めびな)は袴(はかま)に単(ひとえ)、重(かさ)ね袿(うちき)に裳(も)と唐衣(からぎぬ)を着込んだ唐衣裳(からぎぬも)というスタイルです。

いわゆる十二単(じゅうにひとえ)です。手には桧扇(ひおうぎ)を持ちます。

男雛と女雛の間には三宝(さんぽう)という木で出来た台を飾ります。

 
一般的には、三宝に瓶子(へいし→とっくり)、がのっていて、その瓶子に水引で飾られた熨斗(のし)が差してあります。熨斗には紅白梅の花がついています。

この三宝は神事に用いた神饌(しんせん)の道具が、桃の節句と結びついたものですが、由来はわかりません。

 
 
お内裏様の中央にあってかなり目立つ存在ですが、江戸時代には三宝は飾られていなくて、明治から大正の時代の比較的新しい時代になってから、いつの間にか現在のようなスタイルになったようです。

【2段目】三人官女(さんにんかんじょ)

二段目は、内裏様のお世話をするために宮中につかえる侍女の三人官女(さんにんかんじょ)です。

侍女というのは、お手伝いさんという感じではなくて、お作法などのたしなみや和歌・漢文などの教養もある、今風にいうと秘書室勤務のキャリアウーマンです。

お嬢さんが賢く優れた女性に育つためのサポート役ですね。

ひな人形の三人官女のうちの一人は、お歯黒をして引眉(眉毛が描いてない)になっています。

これは江戸時代の既婚の女性独特の化粧方法で、そのことを表現しています、描き忘れでは無いのでご安心を。

左右の2人が持つお銚子(ちょうし)は今でも結婚式の三三九度で使われますね。

【3段目】五人囃子(ごにんばやし)

三段目は、能楽の囃子方(はやしかた)をかたどった五人囃子(ごにんばやし)です。

宮中でも選りすぐりの腕前の演奏家が集って楽器・謡(うたい)などの素晴らしい音色を奏でます。

お嬢さんが元気で健やかに育つようにと応援する少年音楽隊ですね。

【4段目】随臣(ずいじん、ずいしん)

4段目は、随臣(ずいじん、ずいしん)です。

随身(ずいじん、ずいしん)ということも。

平安時代に貴族の外出の際に警護のためにお供したお役人です。

背には弓矢を背負い刀を腰に差して、今風でいえばSPです。

左大臣・右大臣ともよばれますが、実は正しい呼び方ではないそうです。

雛壇で五人囃子の下段に飾られる人形を右大臣、左大臣ということが多いが、実際は衛仕で、警備の役割の武官(出典:Weblio辞典)

確かに大臣が警備の仕事をすることは無いので、左大臣・右大臣と呼ばれているのは俗称です。

内裏ひなから向かって左が左大臣。右が右大臣。

左に上位がくるのが古来の決まりだったので、左の左大臣が年長者、右の右大臣が若者です。

【5段目】仕丁(じちょう)

5段目は、「仕丁(じちょう)」と呼ばれる庭掃除など雑用をする係りとして御所で働く人たちです。

“泣き上戸”

“笑い上戸”

“怒り上戸”

といわれる上戸(じょうご)3人組。

表情豊かな3人組には、お嬢さんが情緒豊かな子に育つようにという願いが込められています。

【6段目7段目】お道具

6段目と7段目はすべてお道具が並びます。

箪笥(たんす)・鋏箱(はさみばこ)・長持(ながもち)・鏡台(きょうだい)・針箱(はりばこ)・火鉢(ひばち)・茶道具(ちゃどうぐ)・御駕籠(おかご)・重箱(じゅうばこ)・御所車(ごしょぐるま)

平安時代の貴族の女性の婚礼の際の持ち物を表現しています。

お嬢さんが豊かな人生を送ることが出来るように、との願いが感じられます。

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ひな人形の設え(緋毛氈や菱餅、桜橘など)の歴史と意味

そもそもなんで七段?

古来から七は縁起の良い数字とされています。

現在のひな人形の段数は、3段飾り、5段飾り、7段飾りの3種類が多く、 お人形の数は15人と、すべてが奇数になっています。

実はこの数字には、古代中国で生まれた陰陽道が深く関係しています。

陰陽道では、奇数を「陽の数」、偶数を「陰の数」としています。

ですので、ひな人形の段数もこの陰陽道の数字の考え方に従って、3、5、7の段飾りが好まれ、江戸時代以降の一般的な段飾りとしては最も豪華な飾りとして七段飾りが定着しました。別名「十五人飾り」ともよばれます。

緋毛氈(ひもうせん)

下に敷いている赤い布は緋毛氈(ひもうせん)といいます。

緋色(赤色)は魔よけの色を表します。

子どもに災いが近づかず、健やかに育つようにという願いを込めています。

毛氈の裾模様は、繧繝(うんげん)模様と呼ばれています。

同系統の色を淡色から濃色に並列にして色彩の濃淡の変化をあらわす古来の彩色法のことです。

紅・青・緑・紫などの色を多く使います。朝鮮の古墳壁画などにみられ、奈良前期に日本に伝来しました。

菱餅(ひしもち)

菱餅の形については水生植物である菱の水面に浮かんだ葉の形を映していると言われ、尖った形に厄除けや魔除けの意味があるとも言われています。

菱餅の色の由来には、緑・赤・白の3色は、健康・魔除け・清浄を表わし、白い雪から緑の芽が出て花が咲くという様子を表現したといわれます。 

昔は赤色は解毒作用(げどくさよう)のある赤いクチナシ、緑色は厄除(やくよ)けの力があるとされる「よもぎ」、白色は血圧降下作用のある白い菱(ひし)の実を用いました。

もともと菱には薬効のある成分が多量に含まれているので、多くの国で薬用に用いられてきました。日本でも、古くより菱の実を煎じて、解毒、解熱、健胃、下痢止めの生薬として利用されています。

なんだか聞けば聞くほど菱餅にはパワーを感じますね。

菱餅が桃の節句の定番となったのは江戸時代となってからです。

桜(さくら)と橘(たちばな)

 
桜と橘はひな人形飾りには欠かせません。
 
 
原型は京都御所の紫宸殿前にあります。
 
御殿に向かって
 
右に桜(天皇から見て左に桜なので、左近の桜)
 
左に橘(天皇から見て右に桜なので、右近の橘)
 
 
 
京都御所は中に入るのには通常は許可が必要ですが、年に2度、一般公開の期間があります。
 
 
私は伺ったことがあって、娘と桜と橘の実物を拝見してきました。
 
 
みなさんも機会があったらぜひご覧ください。
 
 
 
ところで、橘とは一体どんな木なのでしょうか?
 
橘は高さ2~4mの常緑樹です。
 
冬でも落葉せず、初夏に白い花が咲き、冬に実がつきます、ミカン科の酸っぱい実がなります。
 
冬に黄金色の実がつくことから、古来から不老長寿の木とされ、ありがたい木とあがめられてきました。
 
橘は平安神宮や八坂神社にもあり、古事記、万葉集、源氏物語などにも登場する古式ゆかしい日本の木です。
 
 
古来から「魔除け」「邪気払い」の力があると考えられてきた桜と不老長寿の橘。
 
 
そのどちらもお嬢さんが健やかに成長するための象徴であるとされています。
 
童謡などでは桃の花も登場します。
 
 
これもまた、桃に邪気払いの霊力が強く備わっているためと考えられています。
 
健康と成長に感謝と願いを込めて祈りましょう。

金屏風

雛人形の後ろにはなぜ金屏風が立てられているのか?

結婚披露宴や受賞式などの際にも立てられているように、縁起の良いイメージがありますよね。

もともと屏風は中国のもので室町時代には中国では「漢」の時代にはあって、日本でも室町時代には金屏風が存在しました。

その後、江戸時代に儀式、礼拝、節句といった、おめでたい席で金屏風が使われるようになりました。

ひな人形飾りのバックに置かれているのは、お嬢さんのこれからの人生を明るく照らしてくれるために、という意味合いもあります。

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ひな人形飾りを出す日にち、片づける日にち、飾る向き

ひな祭り、桃の節句が3月3日ですから、せっかくですので、ひな祭りの一週間前までには飾っていたいですね。

そしてもし、出来たら「大安」の日を選んで飾れると、なおいいですね。

縁起を大事にする年長者などが親族にいる場合は大安を選ぶことが多く、ひな人形や五月人形などを飾る日に大安を選ぶ方もいらっしゃるようです。

その他にも飾るのに縁起がいいといわれている日がいくつかありますので、ご紹介します。

  • 2月3日(節分)…季節が変わる節目の日
  • 2月4日(立春)…暦の上では、この日から春になるとされています。
  • 2月19日頃(雨水)…二十四節気のひとつで、立春から数えて15日目頃。
  • 大安の日…大安吉日というように、何をやるにも縁起がいい日。2018年の大安は2月の3日、9日、15日、20日です。

ひな人形を飾る向きについて「北向きに飾ると縁起が悪い」といった説もあるようです。

ですが、これは俗説で根拠はないようです。

一般的にはそういった決まりごとはありませんので、むしろ、直射日光が当たらない、よい場所にお飾りできればOKです。

また、ひな祭りが終わったあとはいつまでに片付けるのが良いのでしょうか?

よくひな人形を片付けるのが遅いと結婚するのが遅れる!なんて話しを聞いたりしますが、あれはジョークだとしても、やはり桃の節句が過ぎたらなるべく早く方片づけるのが良いようです。

ひな人形にはお嬢さんの身代わりとなって穢れを引き受けてもらうという意味あいもあるので、いつまでも飾り続けているとその悪い災いを再び招き寄せてしまうから、とも言われています。

現実問題として、あまり長いあいだ出しっぱなしにしているとほこりも溜まりますから、人形を長く大切にするためには、天気がよい日に丁寧に早めにしまいましょう。

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ひな祭りの飾りの由来や意味~まとめ

きれいで可愛いだけだと思ってた、おひな様の人形や道具にこんなに多くの由来や縁起があるとは驚きますね。

いつの時代も変らない子どもへの愛情や祈りの健やかな成長への祈りが感じられて、改めて感動します。

我が家も(久しぶりに)春の桃の節句は大切におひな様をお飾りしてみようかな?という気持ちです。

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